ぬかぴーのツブヤキ
╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(98) 思い出の上野発着 寝台特急(3)
「鐵學(てつがく)」と称して、永遠に交わることのない2本のレールにまつわるお話をツブヤいています。
今回も思い出に残る上野駅を発着した寝台特急をご紹介します。
地味な存在の「出羽」
「出羽」は上野駅・秋田駅間を高崎線・上越線・信越本線・羽越本線経由で運行された寝台特急です。1982年から運転されていましたが、1993年に同じルートで青森行きだった「鳥海」に一本化される形で廃止となりました。夜行急行も多く走っていた東北方面では時間帯的にも地味な存在でした。
紆余曲折があり短命だった「鳥海」
「鳥海」は1950年代に上野駅・秋田駅間を東北本線・奥羽本線経由で運行された夜行急行列車にはじまり、1990(平成2)年9月1日に奥羽本線経由の「あけぼの」2往復のうちの1往復が山形新幹線開業に伴う工事で上越・羽越本線経由で運転されるため、「鳥海」と改称され運行が始まりました。
その後1997(平成9)年の秋田新幹線開業に伴い東北本線・陸羽東線経由で運転されていたもう1往復の「あけぼの」が運転終了となり、「鳥海」は再び元の「あけぼの」と改称され上越・羽越本線経由を継続したため、1997年3月に寝台特急「鳥海」の愛称は6年半の短期間で消滅しました。
さまざまな運行形態だった「あけぼの」
「あけぼの」は上野駅・青森駅、または秋田駅間を結んだ寝台特急列車です。
まず1970(昭和55)年7月に臨時寝台特急として上野駅・秋田駅間で毎日1往復の運行を開始、同年10月1日からは上野駅・青森駅間を東北本線・奥羽本線経由で定期運行を開始、最盛期には毎日3往復(上野駅・青森駅間2往復、上野駅・秋田駅間1往復)が運行されました。
しかし1988年3月の青函トンネル開業に伴うダイヤ改正で1往復が減便、さらに1990年9月の山形新幹線着工による福島駅・山形駅間の軌間(線路幅)変更工事により1往復が列車名を「鳥海」に変更、高崎線・上越線・信越本線・羽越本線経由になりました。またもう1往復も経路を東北本線、陸羽東線および奥羽本線経由での青森行きとされました。
さらに1997年3月には秋田新幹線開業に伴い東北本線、陸羽東線および奥羽本線経由の「あけぼの」は廃止され、高崎線・上越線・羽越本線および奥羽本線経由の「鳥海」が「あけぼの」となり、この経路での青森行き「あけぼの」が運行終了時まで残りました。
東北新幹線が八戸駅まで延伸となった2002年12月に「はくつる」が廃止されたので、「あけぼの」は首都圏と東北地方を結ぶ唯一の定期夜行列車となりましたが、乗客の減少や車両の老朽化を理由に2014年3月15日のダイヤ改正で廃止、半世紀近い東北寝台特急列車は定期運行を終了しました。
