ぬかぴーのツブヤキ
╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(103) NAGANO 1971 (2)
「鐵學(てつがく)」と称して、永遠に交わることのない2本のレールにまつわるお話をツブヤいています。
今回も前回の続きで長野機関区(運転区)のおはなしです。
大正生まれの名機「ハチロク」
前回は5年後の蒸気機関車の「終焉」を暗示させるような、寂しい情景を描きましたが、そんななかでも現役の蒸気機関車も当然いました。
その1両が「ハチロク」と呼ばれる8620形の「18688号」(大正8年生まれ)です。
ハチロクは関東にもまだありましたが、すでに本線上を走ることはなく入換機として動いており、改造や前・後面に黄色ペンキを斜めに塗られた「ゼブラマーク」の車体など、無残な姿でした。
しかし18688号や扇形庫に置かれた「88623号」は初期の美しい姿をよく残しており、早朝の曇り空で露出不足ですが高価だったカラーフィルムで撮影しました。
この18688号機は、71年末に廃車になりましたが、翌年千葉県銚子市に保存されることになりました。しかし修繕・手入れをしなかったからでしょうか、赤錆びた状態で放置され2003年に解体されました。残念。
扇形庫のなかには
巨大な扇形庫の中に入ると、飯山線を走る「ハチロク」や「シゴロク」と呼ばれていたC56形もあり、静かにスチームを吐き出していました。
このあとも小海線や、関西・中部地方、羽越・会津方面へと蒸気機関車の追っ掛けはつづきますが、いまあらためてこの長野機関区の静謐な情景を改めて眺めると、寂寥感で胸が詰まります。
扇形庫豆知識
ちなみに、京都の梅小路機関区(京都鉄道博物館)や「きかんしゃトーマス」でも扇形庫はよく登場し、機関車はみな顔(前面)を正面に突き出していますが、実際は少し異なります。
暖地の機関区ではこのように前面を前に出していますが、寒冷地(北国や本州の山間地)では先頭を先に(奥側に)入れ、お尻(後部)が正面に向くように入庫します。これは冬の寒気で機関車の罐(かま)を冷やさないためで、さらに前面のトビラも閉めてしまい、昼間でも庫内は真っ暗でした。長野機関区もこのように頭から入線し、お尻を外に向けていました。
こんな些細なことも忘れられていくため付記しました。(おわり)
