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ぬかぴーのツブヤキ

発信者:よっしーペンギン
2026.03.25

加速する時間と池塘春草の夢

年齢を重ねるごとに、時間の過ぎる速度が加速しているように感じます。

20代までは、1年という時間はそれなりに長く、じっくり立ち止まりながら進むことができていたと思います(失敗することも多かったですが)。しかし、人生の折り返し地点を過ぎたと認めざるをえない今、1年は瞬きをする間に過ぎるようになりました。今の職場に勤務するようになって11か月近くが経過しましたが、感覚的にはまだ2~3か月くらいしか経っていません。

若い頃、「人生の瑞々しい季節」は半永久的に続くと信じて疑いませんでした。思い立ったとき夢はいつでも手に届く場所にある、と感じていたのですが、人生は思ったよりもずっと短いようです。

「少年老いやすく学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず」。有名なこの漢詩は、「人生はあっという間。だからこそ、時間を惜しんで若い頃から勉学に励もう」という前向きな訓戒として語られます。しかし、私が心惹かれるのは、それに続く一節です。
 
「未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉 已(すで)に秋声」
これは、「池のほとりで春の草がそよぐのを夢うつつに眺めていたはずが、気づけば庭の梧葉(アオギリの葉)が秋の風を鳴らし始めていた。まだまだ若いと思っていたのに、ふと顔を上げれば、老いは音もなくすぐ隣まで来ていた」といった意味です。その無常観こそが、この詩の本質であるように思えてなりません。

とはいえ、自分自身はまだまだ時間の経過に抗いたい気持ちが強いのです。可能な限り春の池のほとりに留まっていたいです。自分にはまだ成し遂げていない夢が、数多くあるからです。

豆柴と暮らす日々を実現させ、整理された書斎で読書を楽しむ。喧騒のインドで沐浴する人たちの熱気に触れ、ツンドラを行くシベリア鉄道の車窓に魅せられる。バイクで風を切りながら白濁した名湯を巡り、離島をめぐる船の甲板から海を眺める。

もしかしたら、すべてを叶える前に体力が尽きてしまうかもしれません。それでも、アオギリの葉が秋を告げる前に、夢の欠片を少しでも多く現実に変えていく。時間に抗い、夢を一つずつ手繰り寄せていきたい。それこそが、これからの自分を突き動かす唯一無二のモチベーションなのだと感じています。

先日都心部で入った香港料理店で見つけた「ドラゴンフルーツの点心」。ジューシーでコクのある味わいに感動。食も人生を充実させる要素だなと改めて実感しました。
年齢とともに季節の移り変わりを楽しむ余裕ができたと感じます。先週末、街角で小彼岸桜を見つけて思わず写真を撮りました。