TOP ぬかぴーのツブヤキ ╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(116)常磐線・成田線を列車で往く

ぬかぴーのツブヤキ

発信者:ナナわんこ
2026.04.24

╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(116)常磐線・成田線を列車で往く

「鐵學(てつがく)」と称して、永遠に交わることのない2本のレールにまつわるお話をツブヤいています。
今回は約半世紀前にディーゼル機関車に牽引された客車に揺られて、常磐線・成田線から見た情景をツブヤキます。

東京で最後まで残った蒸気機関車牽引の列車

蒸気機関車が消えていくなか、都内で蒸気機関車牽引の客車(乗車できる列車)は、房総方面の3路線(房総西線=現・内房線、房総東線=現・外房線、総武本線)から両国駅までの朝夕の列車と、成田から成田線・常磐線経由で上野駅まで乗り入れる列車がありました。
その上野発着の列車も1969(昭和44)年3月15日を最後に、ディーゼル機関車牽引に置き換わりました。

乗りたかったC57形[佐]牽引の列車(1968年・荒川橋梁にて)

客車の列車に乗って

残念ながらこの蒸気機関車牽引の列車には乗ることができませんでした。
そこで後日、同じダイヤでディーゼル機関車牽引の上野駅10:39発の下り列車に乗り、成田まで行きました。鉄道ファンだったので、景色よりも鉄道車両ばかり写真に撮っていました。

時間の都合で日暮里駅から乗車、右側にかつてあった東北・高崎線の臨時ホームが見えます
先頭車両に乗り牽引するディーゼル機関車をパチリ、当時の客車はドアも手動で、車両間の扉もなく雨の日のデッキは吹きさらしで大変でした
常磐線では頻繁に貨物列車とすれ違う
当時ほとんどの駅で貨物を取り扱っており、駅間輸送で入換のディーゼル機関車(DD13型)も本線を行き来していました
現在の北柏駅(当時は未開業)付近、成田空港(現・新東京国際空港)開業工事のためセメント・砂利輸送などで多くの貨物列車が成田へ向かっていました
我孫子駅に到着、ここから常磐線と分かれ成田線に入ります
我孫子駅を出て常磐線を乗り越します、堂々の11両編成。それにしても空が広いですね
現在の風景をGoogle Earthで見ると、建物が密集し半世紀前の空の「ヌケ」感はありません
成田線内も貨物列車が頻繁に往きかいます
当時の千葉県内の多くが非電化区間、「ディーゼル王国」と呼ばれるくらい気動車(ディーゼルカー)が活躍していました

半世紀前の客車はドアも手動で開け、もちろん冷房もなく、木製の窓枠からは寒気が入り放題。そしてトイレは……。
いまの車両の快適さからは想像できませんが、当時はそれが当たり前で、子どものわたしにはボロい電車とまた違い乗れば楽しいものでした。