ぬかぴーのツブヤキ
発信者:ナナわんこ
2026.09.25
╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(138) 列車が通らなくなる日(横川駅) その1
「鐵學(てつがく)」と称して、永遠に交わることのない2本のレールにまつわるお話をツブヤいています。
今回は信越本線・横川駅~軽井沢駅間が廃線になったお話です。
“苦難”の104年の歴史に幕を下ろす
信越本線・横川駅~軽井沢駅間(通称“横軽”)は1997年9月30日に最終運行を迎え、1893(明治26)に官営鉄道中山道線として開通してから104年の歴史に幕を下ろしました。今年で廃線になって29年になります。
特殊な勾配区間“横軽”
古代から東山道の要衝として碓氷峠が立ちふさがっていましたが、鉄道の時代になっても急勾配を克服するために、「アプト式」というノコギリの刃状のガイドをレール間に敷設し、機関車の歯車と噛み合わせて坂道を登り下りする方式で開通させました。
その後、普通のレールで“横軽”間を走行するための特殊な電機機関車のEF63形(かならず2両1組で運用)やEF62形を開発し、1963(昭和38)年に新線を敷設し単線から複線にして切り替えました。
鉄道の急勾配は登りが大変で下りは容易と思われがちですが、実際には坂を下る方が連結した重い車両が押してきてブレーキ扱いが危険で難しいのです。“横軽”間で最も急な勾配区間は66.7‰(パーミル)、1000m走る間に66.7mの高低差があるということです。具体的にどの程度の坂かというと、王子駅から飛鳥山に登る明治通り(都電が走っています)の坂道に相当するそうです。
その急勾配区間を図のようにEF63形2両が常に峠の下り側に付き、押し上げと押し止(とど)めの役割を担いました。(つづく)
