TOP ぬかぴーのツブヤキ ╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(144)もしかして貴重な写真かも?

ぬかぴーのツブヤキ

発信者:ナナわんこ
2026.11.06

╞╪╡ 鐵 學 ╞╪╡(144)もしかして貴重な写真かも?

「鐵學(てつがく)」と称して、永遠に交わることのない2本のレールにまつわるお話をツブヤいています。
今回は1枚だけ撮影した写真にまつわるお話をご紹介します。

1973年 和歌山市駅にて

この写真は中学生の時に紀伊半島一周の周遊券を買い、3泊4日(うち駅に1泊)で蒸気機関車を追いかけた際に写したものです。
京都駅から奈良線、桜井線で高田駅へ、そこで和歌山線に乗り換え、夜になって和歌山市駅(現・和歌山駅)で紀勢本線の夜行列車に乗り換えます。そのときなぜか蒸気機関車が寝台車を牽いてきてホームに据え付けたので、なんの気なしに撮りましたが、最近になって見直すとあることに気づきました。

暗いなか手持ち・スローシャッターで撮ったのでブレています(1973年)

当時、寝台列車は数多く走っていました。紀勢本線へは東京方面から亀山・新宮周りで紀伊勝浦行などが出ていましたが、関西方面からは距離的に近いため寝台列車の設定はなかったのです。それなのになぜ和歌山市駅に寝台車があったのか?

いろいろ調べてみると「南紀」と呼ばれる列車がありました。しかし後の特急「南紀」ではなく、夜行普通列車に付けられた愛称で、なんと名古屋駅~大阪・天王寺駅間を阪和線・紀勢本線経由でぐるっと紀伊半島を一周する長距離夜行列車です。
それも上り(天王寺→名古屋)のみ和歌山市で寝台車を増結していました。

1977年6月の時刻表を見てみると、愛称「南紀」924レは天王寺駅を22:40発、和歌山市駅に23:39着、ここで寝台車を増結しし23:50発、名古屋駅へは翌朝13:08着という、なんとものんびりとした各駅に停車する列車でした。
私が旅した時は、924レの前のを走る普通列車126レ(和歌山市駅19:18発)に乗り、終点の紀伊田辺駅(22:10着)まで行き、紀伊田辺駅の待合室に泊りました。そのころの駅は終日開放されており、駅員さんに断れば泊まれました。しかし3月の南紀は毛布1枚では寒く、夜中に起きて駅前に出たら、そこには満天の星空の下に弁慶の仁王立ちの銅像が。あとで聞くと弁慶生誕の地とのことでした。

1枚の写真から当時のことを思い出すとともに、愛称「南紀」の貴重な1枚かと思います。

ただ写真の寝台車が「A寝台」なのが気になります、資料では「B寝台」(ナハネフ)となっていたので、まだ調査が必要かもしれません